ヘブライ語転写てびき その1:シュヴァについて

ヘブライ語を用いて研究したり翻訳をしたり、あるいは論文を書いたりする際に、ローマ字転写表記は鬼門と言えるかもしれない。そこまで統一した表記がきちっとあるわけではないし、母音はそれなりに複雑で、例外もある。

 

そんな状況なので、日本の研究者の論文でも結構間違っていたり、「ん?」と思う表記をしている場合がある(恥ずかしながら自分も過去の論文でも転写の間違いがある)。そんなヘブライ語転写なので、半年前に、ヘブライ語を用いて研究する大学院生らを集めて「今さら聞けないヘブライ語転写勉強会」というのを開いたことがある。その時にその勉強会に向けて、ヘブライ語の転写方式その他について洗いざらい調べたので、その一部を紹介しようと思ってブログを書いている。

 

ヘブライ語転写の中でも特にややこしいのは、半母音のシュヴァ(םְ)だろう。なので、今回はシュヴァについて書き残しておこうと思う。

「日本語話者でさらにヘブライ語を用いて研究をする人間など、数が非常に限られているので、「誰得?」という気持ちも否めないが、将来大学院を目指したり、困る人もいるかもしれないので、誰かの助けになれば幸いと思い、これを書いている。決して博論に身が入らないから代わりに書いているわけではない。また、何か間違いがあればこっそり教えてほしい(ちなみに、ここから話すヘブライ語とは、現代ヘブライ語のことである)。

 

早速だが、シュヴァの厄介なところは、同じ表記で二つの異なる発音を表すことである。両者はシュヴァ・ナハとシュヴァ・ナアと呼ばれ、シュヴァ・ナハは完全な無声で、シュヴァ・ナアは弱い「エ」の音である。

以下に二つの特徴を並べてみた。

 

シュヴァ・ナハ(שווא נח)/シュヴァ・ナア(שווא נע) (母音記号はどちらもםְ)

シュヴァ・ナハ(שווא נח)

シュヴァ・ナア(שווא נע)

完全な無声。

無母音であり表記しない。

微音・弱い「エ」の音、英語の[ə]に相当。

eで表記。

元から無声の音。

活用やアクセントの変化などによりシュヴァ化した時。

מבחן    ←   מבחנים

תבדוק    ←   תבדקי

פקיד    ←   פקידים

כתב   ←   כתבו

 

このシュヴァ・ナハとシュヴァ・ナアの使い分けについては、実は規則がある

その規則は以下の通りである。

 

原則として、

語頭:常にシュヴァ・ナア。

語末:常にシュヴァ・ナハ。

語中:連続してふたつ出てくる場合、一つ目がナハ、二つ目がナア。一つの場合、もともと音声があった場合(シュヴァ化した場合)はナア(上の表の中を参照)。

 

さて、きちんとした規則もあって、これでシュヴァの問題は解決!!……しないのである。

 

このシュヴァの使い分けの方法の規則はあくまで原則であり、現在のイスラエル人はこのようには発音してくれない

例えば、単語のכנסתやלומדיםは、上の規則では、keneṣetとlomedimという感じになるが、実際の発音はkneṣet、lomdimとヘブライ語話者たちは発音している。

 

では、それにはどんな発音の法則性があるのか、規則から外れたイスラエル人の発音の規則を見ていこう。

 

語頭:

一、語頭の文字がラメッド、メム、ヌーン、レーシュ、ユッド(למנר"י)の場合は、シュヴァ・ナア(例:לביבהやילדיםはlevivahやyeladimと表記される)。

二、直後の文字が喉音(אותיות גרוניות)、すなわちアレフ、ヘー、ヘット、アイン(אהח"ע)の場合は、シュヴァ・ナア(例:שעריםやזעקותはshe‘arimやze‘aqotと表記されるが、שלדיםやזנבותは、shladimやznavotと表記される)。

三、接頭辞のうち、ヴァヴ、カーフ、ラメッド、ベートはシュヴァ・ナア(例:בראשはbe-roshと表記される)。

 

語中:

一、二つの連続した同じ文字(※発音ではない)が現れる場合の最初の文字の子音につくシュヴァはシュヴァ・ナア(例:גורריםはgorerimだが、גורמיםはgormimと表記される)。

二、シュヴァが連続する場合一つ目はシュヴァ・ナハ、二つ目はシュヴァ・ナア。

  これ以外の場合はすべてシュヴァ・ナハである。

 

ただし、二人称単数女性形の動詞の活用は、シュヴァが連続するが、どちらもナハとして扱うのがより現代ヘブライ語の発音に近いため、それを例外とするのが良いと思われる。例えば、כָּתַבְתְּやנִדְבַּקְתְּは、katavt、nidbaqtと表記される。

 

書き起こしてみると意外とすっきりするもので、規則性もあってすごく難しいわけではない。なので、恐れずに読者の方もヘブライ語ライフをエンジョイしてほしい。

 

今回のブログの内容は、ヘブライ語の公的な機関であるヘブライ語アカデミーの記事を参考にした(というよりは、ほぼその内容を要約しただけである)。

参考:ヘブライ語アカデミー(האקדמיה ללשון העברית)

URL:https://hebrew-academy.org.il/2020/08/11/איך-הוגים-את-השווא-הנע/